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ステルスマーケティングの境界線

今回もステルスマーケティングについてです。
沢山のご指摘をいただきありがとうございます。


いくつかご質問をいただきましたので、広告屋としての見解ですが
お答えできればと思います。


いただいたご質問をまとめるとどこからどこまでをステルスマーケティングと
みなせばいいのかということでした。
実際に例を挙げていただいた方もいらっしゃいましたのでご紹介いたします。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1479585729
>いわゆる、覆面調査員は、ネット上で報酬を取引していると思われますが、
>ミシュランやその他のガイドブック、観光の雑誌の覆面調査員の職務と
>ステルスマーケティングの違いについて


その差はステルス性だと思います。
例えば、著名人がユーザーとして商品紹介をしたとします。

しかし、著名人が商品を紹介するという広告は、昔からおこなわれてきた行為で、
多くの方が「広告である」ことを認識しております。
ゆえに、ステルス性は低いと判断できます。

ブログやインタビュー記事などでメーカー名や商品名をボカすのは、
著名人の方もまた、自身の発言が広告になることをよく理解しているからです。

ただ、メーカー名や商品名が実際に掲載される場合もあります。
この全てにお金が動いていると決定づけることはできません。
個人として、感動を受けた商品をみんなと共有したいという思いは、
私たち一般人も同じであるからです。

どちらにせよ、「広告である」と認識されがちな発言になりますので
悪意のあるステルスマーケティングとはいえないと考えます。

ミシュランガイドなどのガイドブックはどう考えるべきか、ですが。
覆面調査というのは調査方法であり、広告を隠すものではありません。
また、覆面にする理由はお店側が調査員に対して特別な対応を取らないためです。

つまり、ユーザーに対して広告であることを隠していることがありません。
言い換えれば広告としてのステルス性はないのです。
そもそも広告としての効果も価値もありますが、店舗側が運営に掲載料を払っての
記事ではないためミシュランガイドは広告ではありません。
(写真撮影代などは掲載が決まったあとのことだと思います)

(余談ですが、以上の理由から某動画サイトでおこなわれているイベントもステマではありません。あれはステマの声が大きいことへの皮肉ですね)

上記2つの例をステマとして扱うならこうなります。

1.ある著名人がメーカーAをブログに紹介した。記事内には広告ではないとの趣旨が記載されていたが、実際には広告費をもらっていた。

2.とある評価ガイドブックは掲載料無料と謳っているが、実際は掲載するために料金が必要であり、その料金によって評価も違う。


(この2つの例はあくまで例えですので、そのようなことがおこなわれているというわけではありません。)

となります。

去年から続く一連の騒動をこの例に当てはめてみましょう。

食べログさんの件でいえば、2に近いものがあります。

食べログさんはユーザーのみなさんが、ミシュランガイドでいうところの調査員となり、お店を評価しその情報を共有していましたが、実際はその情報の一部は評価対象から対価を支払われた評価でした。
つまり、そのレビューはお金で買われた広告だったということです。

ここではレビューが広告であることを隠されて投稿されていましたので、ステルスマーケディングだったということになります。


しかし、いったいどの記事が広告であることを隠しているのでしょうか。


長年に渡りステマと戦っていた巨大匿名掲示板のとあるカテゴリーでは、メーカーのある投稿をきっかけに
グレーがより黒に近いグレー(見方によっては黒ですが・・・)に変わり、大炎上となりました。
ここからステマ騒動は一挙に広がります。

大炎上のきっかけになった大事件ですが、出てきた証拠は状況証拠だけです。
金銭の流れがわかるような資料もありませんし、「ステマだ」と一方的に決定づけるのは難しい状況でした。

この状況証拠すら出ない状況ならそれをステマと呼ぶこともできません。
表向きは善意のレビューと変わらないからです。
ステマを発見することなど到底無理なのです。


ステマを疑っていくと全てがステマになります。
例えば初音ミクのヒットもステマによる効果を否定することができません。
作者の中にはプロである方も混じっていたのですから、お金を流れを疑うのは当然のことでしょう。
(あくまでステマを疑って突き詰めていくとということで、実際にそのような行為があったということではありません)


ここまでの話をまとめますと、
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1479585729
にあるような微妙な情報は広告のステルス性により、ステマかどうかが判断されます。
さらにそのステルス性は広告としての認知度や慣習によっても大きく変わるでしょう。
そして、ステルスマーケティングを見抜くことは、ステマであることを宣言されない限りは
見抜くことができません。



ステルスマーケティングの一番の問題はここにあります。
善意のレビューとステマは全く変わりがありません。
広告ではないレビューは全てステマということができますし、ステマでないともいえてしまうのです。

情報に対しステマを疑ってしまうと、善意のレビューも疑われることになります。
しかし、ステマに嫌悪がなく蔓延を許してしまえば、個人レビューの価値は皆無になります。

ステマに対し声は大きく挙げなければなりませんが、個人レビューの真偽を疑ってはWEBがなりたたない。
極論をいってしまえば、ソーシャルメディア全てが白けてしまいます。

さらに突き詰めていけば、嫌ステルスマーケティングの声自体が、何かの媒体によるステルスマーケティングであるとも考えられます。



以前の記事でも書きましたが、WEBの情報を成り立たせるためにはステルスマーケティングは無くならなければならないと思います。

こちらのブログも是非お読みください。
http://blogos.com/article/29948/

WEB広告のあり方を変えるのは広告代理店である私たちの誠実さだけです。
今、私たちはその誠実さをどのように具現化していくのかを考えています。

未熟な倫理をどう発展させていくか、2012年最大の課題です。
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